クマバチは飛べると信じているから飛べるという逸話は間違いだらけ?

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自己啓発本を読んでいると、幾度となく、こんな逸話を目にします。

クマバチは航空力学的に飛べるはずがないのに、なぜが飛んでいる。当時の科学者たちはクマバチが「飛べる」と信じているから飛んでいるのではないかと考えていた。

トンデモ理論である。「氷に"ありがとう"と語りかければきれいな形の結晶ができる」レベルで非科学的である。

また、以下のようなあやしい解説もなされている。

現在は、空気に粘性があることが発見され、クマバチが航空力学的に飛べることが証明されている。

この間違いだらけの逸話について、まとめていく

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そもそも、クマバチじゃない

この逸話の起源として有力なのが、フランスの昆虫学者 Antoine Magnan(アントワーヌ・マニャン) の1934年の著書『Le Vol des Insectes(昆虫の飛行)』です。本書では当時の航空力学で使用される揚力計算をマルハナバチに適用した場合、揚力が足りなくなるため、航空機用の定常翼の計算手法をそのまま羽ばたく昆虫に適用できないことが示されています。

そう、クマバチ(carpenter bee)ではなくマルハナバチ(bumblebee)です。

ちなみに、リムスキー=コルサコフの 楽曲『熊蜂の飛行』もクマバチ(carpenter bee)ではなくマルハナバチ(bumblebee)です。昆虫に詳しくない人から見ればマルハナバチもクマバチに見えているだろうことから、誤訳というよりも、わかりやすくするために似ている言葉に置き換えたとも考えられます。

実際、熊蜂という言葉を辞書で調べると、"スズメバチの俗称"とも書かれており、熊蜂という日本語がcarpenter beeよりも幅広く"大きいハチ"を表していると言えます。

航空力学的に"飛べるはずがない" とは誰も思っていなかった

昆虫の飛行(アントワーヌ・マニャン著)では当時の航空機の翼理論(定常翼の理論)を羽ばたく昆虫に適用した場合、マルハナバチの飛行が説明できないとしました。これは、"マルハナバチが飛べるはずがない"ではなく、"航空機用のモデルではマルハナバチの飛行を説明するにいは単純すぎる"という話です。

この話が、格言的な文脈で

蜂は自分が飛べないことを知らない (The bee doesn't know that it can't fly.)

と言われるようになり、さらに自己啓発の文脈で

熊蜂は飛べると思っているから飛べるんだ!!!

と根性論的なトンデモ理論へと昇華されたのです。

"空気に粘性があることが発見され、マルハナバチの飛行が証明された" はちょっと怪しい

粘性流体の方程式は19世紀には存在していた

昆虫の飛行が刊行された1934年にはすでに、粘性項を含む流体の方程式であるNavier–Stokes方程式が知られていました。
ただし、Navier–Stokes方程式は非線型偏微分方程式であり、解析的には解くことは非常に困難です。そのため、当時は風洞実験と(解が得られる程度に)シンプルな数式による計算が一般的でした。

粘性と揚力の関係

空気の粘性の影響は対象のサイズによって変わります。航空機サイズの場合、空気の粘性項の影響が少なく(Reynolds数が大きく)、昆虫サイズだと粘性項の影響が大きく(Reynolds数が小さく)なります。小さな羽が複雑に高速動作することで、粘性項の影響を大きく受け、渦が形成され、これが揚力となります。

現代のシミュレーション手法

現在は、コンピュータのマシンパワーで数値をひたすら代入していくような方法でNavier–Stokes方程式の数値計算が可能となり、マルハナバチの羽の複雑な動きや、そこから発生する渦を考慮することで、揚力の発生するメカニズムが解明されています。

年代状況
1820–40年代Navier–Stokes方程式が成立
1900年代Prandtl境界層理論
1910–20年代有限差分など数値解法が発展
1922年Richardsonが数値天気予報を実行
1934年昆虫の飛行 (Magnan)
1940年代電子計算機・数値流体計算が急速に発展
1950年代コンピュータCFDの黎明期
1960年代航空力学で本格的に利用開始
1970年代CFDが実用的な研究手段へ
1980年代複雑な3D流れ・航空機設計への利用拡大
1990年代以降工学設計の主要ツールに

このような背景から空気の粘性を考慮したことでマルハナバチの飛行が解明されたという風に言われているのでしょう。

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